2014年9月

【現在は、過去と未来を解く鍵である】

米沢の上杉鷹山について、数回にわたって紹介しています。

舞台は、いつも大変お世話になっている、「山形県米沢」(^_^)

上杉謙信ゆかりの名門「上杉家」は、家康によって米沢へ移されました。
かつての栄光も次第に薄らぎ、米沢藩は、江戸時代中期には、
破産寸前に追い込まれていきました。

この危機を救ったのが、17歳で藩主になった上杉鷹山(10代米沢藩主)です。

なぜ、米沢藩が、莫大な負債を抱えるようになったのか。

年間の支出が、収入の2倍以上もあり、
足りなくなったら安易に借金を繰り返してきたから、と言われます。

ではなぜ、支出を抑えられなかったのか。

大名としての格式にこだわり、藩主や家臣が、見栄や惰性で、
昔のままの生活を続けてきたのが原因でした。

現在は、過去と未来を解く鍵である。

このままいけば、藩の財政が破綻するのは時間の問題。

今、何をなすべきなのか。

鷹山は、まず、自身が経費節減の手本を示しました。

藩主の生活費を、これまでの7分の1に抑え、
食事は一汁一菜、衣服も高価な絹を使わず、
すべて粗末な木綿で作らせました。

そのうえで、家臣にも節約を命じたのです。

主君の日常を見ているので、
家臣たちも心から従うようになっていきました。

さらに、年中行事の中止、餞別(せんべつ)や祝い
などの贈答の禁止、慣例の見直しなど、
不要、不急の支出を大胆に削っていきました。

しかし、急な改革に反発し、
「これでは上杉家の体面が保てない。元に戻してもらいたい」
と一部の重臣が結束して抗議してきました。

体面を気にしてきたから、藩がつぶれようとしているのに、
まだ分かっていない。

鷹山は、少しもひるみませんでした。

非難が的外れであることを、一つ一つ証明していき、
改革にブレーキをかける者には、重臣といえども厳罰を与えたのです。

しかし、厳しいばかりではありません。

鷹山は、村の有力者に、次のように語っています。

「百姓は、日に焼け、泥にまみれて田畑を耕し、
 世の宝を生産している。
 その苦労は大変なものだろう。
 せめて一年のうち何日か、
 みんなが集まって酒を飲み、遊ぶことまでは禁止しない。
 人間は、いつも張り詰めた弓のようにしていては、
 続かないものだ。
 休日と決めた日は、思う存分、遊んでよろしい。
 ただ、正直を守り、ぜいたくはやめ、
 農業に精を出すことを忘れないでもらいたい」

率先垂範で努力し、皆の労を労い、共に、真面目に頑張ろうと
呼びかける姿勢に大変心を打たれます。

仏教の根幹は、因果の道理。

蒔かぬ種は生えぬ。蒔いた種は必ず生える。

現在の自己をみつめ、過去の行いを反省し、
明るい未来を創造する為、現在の努力を惜しまない。

これが、ブッダが説き続けられた因果の道理です。

「汝ら、過去の因を知らんと欲すれば現在の果を見よ。
 未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ。」(因果経)
 

「成せばなる」

今、福島県米沢市にいます(*^_^*)

月に2,3回は、この町でも勉強会をしているのですが、
綺麗な町並みと人柄の良さに、いつも癒され、
元気をもらっています(^_^)

そんな米沢の偉人と言えば、

「成せば成る 成さねば成らぬ 何事も
 成らぬは人の 成さぬなりけり」

の格言が有名な、上杉鷹山(ようざん:10代米沢藩主)。

この精神を、破産寸前の米沢藩の再建に、遺憾なく発揮しました。

15歳で藩主になった鷹山は、まず“当たり前”のことを着実に実践。
つまり、「収入に見合った支出に心掛けよ」と徹底したのです。

借金があるのに贅沢はできません。

食事は「一汁一菜」、衣は高級な絹をやめて木綿にするよう命じました。

経費節減のために、次々と先例を破る改革を断行。

格式にこだわり、華美な生活に慣れた上級家臣たちからは
猛反発を浴びましたが、「このままでは国が滅びる」と、
誠心誠意、家臣に説き、藩主自ら実践したので、節約の習慣は、
次第に藩士一人一人にまで浸透して行きました。

同時に、新しい産業を起こして収入増加に努め、
鷹山が亡くなるまでの55年間で、
藩財政は見違えるほどに好転しました。

その遺風は明治まで続いたといいます。

アメリカのケネディ大統領が来日した際、
日本で最も尊敬する政治家に鷹山を挙げたと言われるのも、
不可能を可能にする精神に感激したからでしょう。

そんな鷹山が、結婚する孫娘に、祝いの品と一緒に、
次のような手紙を送っています。

「父母の恩は、山よりも高く、海よりも深いものです。
 この恩徳に報いることは到底できませんが、
 せめてその万分の一だけでもと、
 心の及ぶだけ、力の届くだけを尽くし、
 努めることを孝行というのです。
 その方法にはいろいろありますが、
 結局は、この世に生んでくださったご恩を
 常に忘れず、父母をいたわり、
 大切にしようとする心が、最も重要なのです。
 誠心誠意、この心掛けで接するならば、
 多少の行き違いや落ち度があっても、
 必ず心が通じるものです」

両親に対して、どのように接すべきかを、優しく諭しています。

藩政改革同様、「当たり前のことを忘れてはいけませんよ」
と戒めているのでしょう。

正に、因果の道理を説き、恩を知り、出来る善から始めなさい、
と徹底して善を勧めたブッダの教えを実践している姿勢に心を
打たれます。

この後、数回にわたって、
鷹山について紹介してみたいと思います(^_^)

見習ってガンバ!
 

【カメなりと たゆまなければ ウサギ超ゆ】

最近、デング熱がなにかと話題になっています。
国内での感染者数は80人ほど。

じつは、私もブラジルに1年間住んでいた中で、
本場のデング熱にかかり苦しんだ経験がある為、
デングには詳しいです(^_^)

あのときは高熱にうなされ本当に大変でした(-_-;)

デング熱よりも恐ろしいのがエボラ出血熱。
致死率はデングの比ではありません。

しかし、、それ以上に恐ろしいのが。。

人呼んで、「ズボラ出血熱」(>_<)

一旦、ズボラになると、、
どんどん面倒くさがりになり、
いい加減な人間になってゆき、
なかなか歯止めがききません。

そうならないように、よくよく自戒しなければ
なりませんね(^_^)

そこで、今回は、1964年に開催された
東京オリンピックで銅メダルを獲得した
円谷幸吉選手から学びたいと思います。

当時、日本人初の快挙に、国じゅうが喜びに沸き
立ったと言われます。

彼は陸上選手ではありましたが、
マラソンを始めたのは、わずか7ヶ月前。

オリンピックがマラソン4度めのレース、
という新人でした。

そんな彼が、なぜ、大記録を樹立できたのか。

円谷選手の名言に、
その答え明かされているように思います(^_^)

「マラソンは
 ごまかしがきかない
 真面目なスポーツである。

 自己を裏切れば、
 その結果が成績として現れる。

 正しい生活、正しい精神、
 正しいトレーニングより、
 実力が発揮される。

 マラソン即人間教育であり、
 社会教育と考える」

走る技術や、トレーニング方法ばかりに
目が向いてしまいがちですが、、
42.195キロを走り抜く約2時間
だけが戦いなのではなく、
マラソンに取り組む姿勢のすべてを
問題にしていたことが分かります。

きちんと整頓された部屋は常に清潔で、
毎日練習を欠かさない真面目な生活態度。

強化合宿などで、円谷選手と同室になった
人からは、いつも驚きの声が上がっていました。

夜は、衣服を脱いだら下着に至るまで、
きれいにシワを伸ばし、
枕元に重ねて寝ていたからです。

入浴の時も同じ。

朝は、慌ただしく布団から抜け出す者
ばかりの中、寝具は、いつも、きちんと
たたまれていたそうです。

また、ほとんどの選手は、グラウンドの
スタートラインに立つ前、
トレパン、トレシャツを、そのまま投げて
脱ぎ捨てますが、円谷選手は、
気持ちが高ぶっているはずなのに、
物静かな顔つきで、
衣類を丁寧にたたんでいました。

それも、いちいちシワを伸ばしながら。。

忙しさ、慌ただしさ、高まる緊張感にも
左右されず、きちんと整理整頓ができるのは、
心の鍛錬の表れ。

こういう姿勢で、コーチの指示に、
愚直に従ったからこそ、
短期間で諸先輩を追い越し、
日本人初のマラソンメダリストに
飛躍することができたのだと言われます。

ごまかしがきかないのは、人生も全く同じ。

人生の目的を説き明かしたブッダの智恵を学び、
正しい方角に向って、真面目にひたむきに
努力できる人は、本当に幸せな方と思います。

「カメなりと たゆまなければ ウサギ超ゆ」

日々、ガンバ!

(追伸)
円谷選手、私は、あなたにも仏教を聞いてほしかった。
それだけが悔やまれてなりません。
 

【極貧から億万長者へ】

金銭出納帳はつけていますか?(^_^)

忙しいときには、ついつい、
いい加減になりがちで反省ですが、
それでも何年も出納帳をつけていると
色々と分かってきて有難いです。。

今回は、アメリカの大富豪・ロックフェラー
(アメリカの実業家で石油王)について。

彼が生涯を通して最も大切にした宝物が、
金庫室に保管された、一冊の、赤いノート。

はたしてそこに何が記されていたのか?

巨万の財を築いた秘密があるに違いありません(^_^)

ロックフェラーは、貧しい家に生まれました。

家族の生活を支えるため、
15歳で高校を中退し、小さな会社で仕事。

小遣い帳として購入したのが、赤いノートでした。

ところが、ある日、会社のどこかで落としてしまい、
拾った先輩が、驚いて声をあげました。

「おお、これはすごい。
 細かい数字がズラリと並んでいるぞ。
 なになに、黒パン2個、ペン先1本、マッチ1個。。
 マッチ1個まで記入するとは、おそれいったな。
 よほどケチなやつだとみえる」

昼食後の休憩時間だったので、
大勢の社員の、物笑いのタネになっていました。

落とし主がロックフェラーと分かると、

「こんなわずかな小遣いまで、
 君は、克明に記入しているのか。
 いったいどんなメリットがあるんだ」

とある社員が、からかうように尋ねました。

「たとえ1セント(1ドルの100分の1)でも、
 もれなく記入していると、
 どこに無駄遣いがあるかが見えてきます。
 次第に節約の精神が身につくのです」

ロックフェラーは、自信をもって答えました。

「なるほど、君は節約を実行しているのか。
 ここに貯金3ドルとあるね。
 しかし、1ヵ月に、たった3ドルじゃ、
 1年間蓄えても36ドルにしかならないぞ。
 いやはや、驚いた貯蓄家だ」

周りの先輩たちは、皆、どっと笑った。

ロックフェラーが、コツコツ貯めたお金を元に、
新事業を開始したのは、それから数年後のこと。

収入に見合った支出を心がけねば、
たちまち破滅に追い込まれ、
貯金もできるはずがありません。

金銭の出入りを記入しながら
計画を立ててゆくと、自然に、
衝動買いがなくなり、大きな節約につながるのです。

貧しかった青年時代を回想し、
彼は、晩年に語っています。

「最新流行の服を買うことはできなかった。(中略)
 自分で払える程度の安物しか買わなかったが、
 それでも、払えないような服を無理に
 買うよりはずっとましだと思った」

小遣い帳は、彼にとって、
感情に惑わされて誤りを犯さないように
導いてくれる聖典だったのです。

50年以上たったある日、久しぶりに
赤いノートを金庫から取り出したロックフェラー。

ページをめくっていくうちに、次第に、体が震え、
涙があふれてきたといわれます。

それは、貧しいころの記憶がよみがえったからなのか、
なお初心を忘れまいとする誓いだったのか、、
知る由もありませんが、、
ただ、彼の人生を、極貧から億万長者へ、
ドラマチックに転向させたきっかけは、
この赤い一冊のノートであったことは間違いありません。

金銭、時間、約束にルーズな人に、
ろくな人はいないと言われます。

ブッダが教える善い行いの一つが、「持戒」。
自己の体、口、心の行いを慎みなさい、ということですが、
分かり易く、道徳的言葉で言えば「言行一致」。
つまり、時間や約束などを守ることです。

金銭管理は、時間や約束の管理にも通ずる大事な種まき。

「儲かる」とは「信用のある者」と書きますが、
まずはコツコツ出納帳をつけるところから
初めてゆきたいと思います。
 

「人の失敗を見て、笑ったり、あざけったりしない」

仏教講師という職業柄、色々な人と接するのですが、
つくづく思うのは、どの人も、それぞれの立場で、
一生懸命、頑張いるということです。

子供から、年配の方々に至るまで、、
「本当にご苦労様ですね。。」と言いたくなることが、
よくあります(^_^)

今回は、『名将言行録』にある、
「居眠り」が人の命を救った心温まる話を紹介します。

それは、徳川幕府2代将軍・秀忠(ひでただ)のタヌキ寝入りのこと。

ある日、秀忠は、家臣の野間を呼びました。

野間は不器用で目立たない男でしたが、
とても律儀で、黙々と使命を遂行するので、
秀忠は厚い信頼を置いていました。

日頃の働きへの褒美の意味で、鶴の吸い物をご馳走しようとしたのです。

野間にとっては、大変名誉なこと。

しかし、将軍の前へ出た時から、緊張して、体がカチンカチンになり、
ゆっくりと味わえるような精神状態ではありませんでした。

そこへ膳が運ばれ、吸い物のお椀が載っていました。

平伏している野間に向かって、秀忠は、

「さあ、遠慮しないで食べるがよい」

と優しく声をかけました。

「はっ」と答えた野間は、お椀を手に持ち、
押し頂こうとしましたが、あまりにも高く持ち上げすぎて、
頭上でバランスを崩し、汁をこぼしてしまったのです。

「あっ、熱っ!」

熱湯が首筋から背中へ流れ込んでいきました。

主君の前でこんな失態を演じて、どう責任を執るのか。

やけどをじっと我慢しながら、恐る恐る秀忠の方を見ると。。。

なんと秀忠は、いつの間にか脇差しを頬杖にして、
こっくりこっくりと居眠りをしている。

周囲の者も機転を利かせ、
将軍が寝ている間に台所から別のお椀を運んできて、

「どうぞ、ごゆっくり。。」

と小声でささやきました。

野間が、今度こそ、落ち着いて吸い物を食べ始めると、
ようやく秀忠が目を覚まし、何も知らないふりをして、

「ああ、つい、うとうとしてしまった。
 日頃の疲れが出たのかな。
 おう、そうであった。。
 どうだ、野間。吸い物の味は?
 その鶴は、わしが狩りで取ってきた鶴だぞ」

と語りかけました。

野間は一徹な男だけに、
この失態を苦に切腹するだろうと、秀忠は読んでいたのです。

「はっ、ことのほか。。」

それ以上は言葉になりません。

野間は、平伏しながら、主君の思いやりを肌で感じ、
男泣きに、泣いていました。

将軍・秀忠の意図を察して、そっと吸い物を交換し、
武骨者の失敗をかばった人たちの優しさも心にしみます。

身分の差がやかましい封建時代にさえ、
こんな温かいエピソードがありました。

みんな、それぞれ頑張っているのですから、、
人のミスを見て笑ったり、あざけったりするのではなく、
落ち度があればそれをカバーし合う、、
心の通った人間関係を築いていきたいものです(*^_^*)

日本のお釈迦様と言われる聖徳太子は、
十七条の憲法の最初に、「和するを以って貴しと為す」
と仏教精神を教えられました。

人を責めるのではなく、人を思いやり、
何か自分にできることはないか、と「和」する努力こそ、
仏教が説く大事な心がけ。

心してゆきたいと思います(^_^)

 
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