2016年3月

【忙しい人ほど勉強できる(暇を盗む)】

初めて、福島県いわき市に行ってきました(^_^)

AM7時。朝陽に映える大海を見て感激!

山から昇り日本海に沈む夕陽を見て生まれ育った

私には新鮮な光景でした。

昇天する太陽。。

人生に、

苦難、困難、災難の波は絶えませんが、

常に前向きに、人の幸せを念じて、

自分に出来る精一杯の布施行を

続けてゆきたいと思います。


その為にも、必死に学ばねば。

先日、「成長の螺旋階段」は、

インプットとアウトプットを繰り返す

ことによって登ってゆくのだと、

尊敬する先輩講師から教えてもらいました。


今週末は、初めて北海道の札幌に行き、

仏教講座をしてきます。

5日間の遠征。

招待して頂いたことを心から感謝し、

インプットも、アウトプットも

全力で頑張ります!

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【忙しい人ほど勉強できる(暇を盗む)】

ある成功者のところへ、一人の学生が訪ねていった。

「こうにも世の中が忙しくなってきては、

 勉強する時間がありません。

 まことに困ったものです」

そのとき、大喝一声。

「ばかなことを言うな。用事が多いからこそ勉強ができるのだ。

 君たちは暇があれば寝てばかりいるだろう。

 勉強する時間というものが特別にあるのではない。

 忙しいときにこそ、暇を盗んで勉強するのが本当の勉強である。

 用事が多いから勉強ができぬ、などと言っている者は、

 暇になれば遊んでばかりいる者だ。

 他人が勉強しているときに負けずに勉強し、

 他人が休んでいるときも勉強してこそ、

 他人より優れた成果をあげることができるのだ。

 忙しい時間を活かすか殺すかは、その人の覚悟次第である」

と、諭したという。

「光陰矢のごとし」と古人は言った。

まことに月日のたつのは早い。

昨日今日と思っていることが、すぐ二ヶ月、三ヶ月となり、

半年や一年は、またたく間に過ぎ去ってしまう。

毎日、郵便、電話や応対などの雑務に追われ、

忙しい忙しいで、己の本分が、なかなかはたせない。

無常は迅速であり、生死は一大事である。

一刻たりとも、おろそかにはできぬ。
 

昨日は、東日本大震災の日でした。

死者16000人、行方不明者2600人。

悲しみは如何ばかりか、胸が痛みます。

私も、津波で、尊敬する先輩同志を失いました。

5年。。

生きていたら、どれだけ活躍されていたことでしょう。


東京にいたあの頃、

やがて、自分が東北で活動することになろうとは、

夢にも思っていませんでした。


不思議な因縁を感じます。


自分も、いつどうなるか分かりません。

非力非才を嘆いて、くすぶっていてもはじまらないこと。


被災された方々のみならず、周囲には、苦しみ嘆きの声ばかり。

仏縁に恵まれたことを感謝し、

出遇いを大切に、相手の幸せを念じ、

同志の分まで、

寸刻を惜しみ、頑張ります!

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【独り安んじて済むか】

こんなに聞きたい人が溢れているのに、

なぜ説く者がいないのか。

こんなに求めている人が押し寄せているのに、

なぜ与える者がいないのか。

こんなに探している人が満ちているのに、

なぜ明示する者がいないのか。

こんなに迷っている人が夥しいのに、

なぜ導く者がいないのか。

こんなに空しい人が沢山いるのに、

なぜ真実聞かせる者がいないのか。

こんなに渇いている人が多いのに、

なぜ注ぐ者がいないのか。

寸刻を惜しみ法雨を注ぐときは今である。
 

【諸行無常】

早朝、、車に乗ろうとした瞬間、

タイヤがパンクしていることに気付き、

びっくり!!

迫る約束の時間(>_<。)

突然のトラブルに、空を見上げ、

「筋斗雲(きんとうん)!」

と叫びたくなりました(;_;)


何とか危機は乗り切ったものの、

こんな程度でも動揺するのだから、

それ以上の問題が起きたらどうなるのだろう、

と恐ろしく思います。。


『無常を観ずるは菩提心の一なり』

誰もが見たくない、考えたくない、

だから誰も見ようとしない、考えようとしない無常。

ブッダは、なぜ徹底して、

その無常を観じなさい(見つめなさい)と説かれたのか。

それは、一切の亡びる中に、亡びない本当の幸せ(菩提)があり、

すべての人に、早くその身になって安楽な人生を送ってほしい、

と願われたからです。

「3. 11」

あれから、5年。

被災された方々から、

当時のご苦労を聞かせて頂く度、胸が痛みます。


いつ何が起きるか分からない不安定な世の中、無常を見つめ、

「なぜ生きる」と自問し、私達が心の底から求めている幸せを知り、

一度きりの人生を大切に生きようと、はじめの一歩を踏み出される方ほどの

幸せ者はない、と思わずにおれません。

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【諸行無常】

「無常」は“常が無くつづかない”こと

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」(『平家物語』)

「諸行」は“すべてのもの”、

「無常」は“常が無くつづかないこと”である。

健康だ、財産がある、名声が高い、家が豪勢だ、という現実は、

絶えず変転する。

大きく変化するか、少しずつ変わるかだけの違いで、

つぎの瞬間から崩壊につながっている。
 
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