生きる目的と手段の違いとは

何をするにしても「目的」に求められる重要な条件が1つあります。

それは、目的には達成や完成が無ければならないということです。

 

なので生きる目的と手段の大きな違いは、

生きる手段(お金や仕事)や生き方には完成がありませんが、

生きる目的には、これで果たしたとか、完成したということがあることです。

 

 例えば、生きる手段や生き方である、仕事や趣味、生きがいには完成がありません。

仕事の技能がどれだけ向上しても、そこに完成はありません。

いくらでも向上できるからです。

 サッカーの練習をいくら行っても、「これで完成した!」というゴールがありません。

伸びしろがいくらでもあるからです。

 また、パソコンの性能や建築技術が常により良いものを求めて発展し続けていくように、

独立して起業しても、完成がありません。

常に少しでも事業を良くするために、倒れるまで走り続けることになります。

 

書道、柔道、剣道、茶道、華道、絵画や彫刻、音楽、スポーツ、学問、

その他、世の中にはたくさんの道がありますが、

これで完成ということがありません。

 

ひょっとしたら完成できるのではないかというのは、

初心者が思うことです。やればやるほど道の果てしなさが知らされ、

どこまで行っても果てしない道のりがあるだけです。

 

天才物理学者アインシュタインも

「深く探求すればするほど、知らなくてはならないことが見つかる。

人間の命が続く限り、常にそうだろうと私は思う。」byアインシュタイン

と言っています。

 

このように、どこまで求めても完成ができないものは、

人生の目的とはいえないのではないでしょうか。

 

確かに、お金や仕事などは生きていくのに不可欠な手段です。

それらがなければ生きていけませんので大事なことです。

ですが、死ぬまで求まったということがないので、

生きる目的にはなりません。

それらをどこまで求めても、死ぬまで心の底からの幸せ、満足はないからだと、

仏教では教えられます。

目的と手段の違いが分からず、果てしない生き方や生きる手段のみを求め続けてしまうと、

徳川家康のように、いくら世界的な功績を残しても、

死ぬまで心の底からの満足ができない、ということになってしまいます。

 

仏教では、これ1つ果たせば人生大満足、

いつ死んでも後悔なし、という幸せが教えられています。

 

誰でも仏教を学ぶことで、生きているときに

ここまで頑張ってきて生きてきて良かった心から満足できる、

人生の本当のゴールにたどり着くことができます。

その、生きる目的とは何でしょうか?

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